「働き方改革」と「ゆとり教育」は順番を逆にするべきだった。
世間では、ブラック企業やら働き方改革なんて言葉が登場して久しいが、働く人々の価値観は変化したのだろうか…?
政府が働き方改革を促進していることもあって、若い層、特に20代の就活生や新卒社員には、残業や有給未消化を極端に嫌う人が多く存在しているように思う。
高校時代の友人とは今でも付き合いがあるが、ゆとり世代な彼らにも、この傾向が当てはまると実感する。
「詰め込み教育はやめて、ゆとりある生活の中で、子供の個性を伸ばす」という方針のもと育ってきた我々ゆとり世代には、今の働き方改革の考えは何ら違和感はないのだろう。
かくいう私は、意外にも、体力と気力がある限り、時間いっぱい仕事してしまう人間だ。
学生時代も、土日祝の登校、終電帰宅はしょっちゅうで、研究室で夜を明かすこともしばしば、というような生活を送っていた。こんな生活が染みついているせいで、世間のブラック企業を叩くという風潮を、学生時代はあまり理解できずにいた。
今思えば、友人、先輩、後輩、教員に恵まれて、本当に幸せな環境で勉強できていたんだなぁと、感謝の気持ちしか出てこない。
就職して2年が経った。今、改めて思う。
単純に長時間仕事(学生の場合は、研究・勉強)することが辛いのではない。 必要以上に急かされ、高圧的な態度でストレスを掛けられ、特に感謝される事も無ければ、頑張りを認めてくれる人もいない。こんな状況が長く続いたら、うんざりもする。
ゆとり教育の考え方、ゆとり世代の価値観を、今のベテラン層の人間が理解するのは難しいだろう。
自分が経験したり、味わったことのない感情、価値観に心から共感することは、なかなか難しいのではないか、と思う。
共感はできずとも、相手の考え方を尊重し、受け入れることができるだけの寛容さを兼ね備えた人間も、そんなに多くない。
特に残業が常態化し、いつも時間やノルマに追われているような職場ではなおさらだ。
自分たちはプライベートな時間を削ってまで、辛い思いしながら仕事をしているのに、プライベートな時間を優先しようとする若い世代が許せないのだろう。
個人的には、社会に働き方改革が浸透し、大人の生活にゆとりができてから、ゆとり教育を実施すれば、良かったのではないかと思う。
日本は年功序列というか、ただ年齢が上というだけで、目上の人って扱いになることが多い。多くの場合、上下関係は年齢で決まっているのだ。
中高年の人が辛い思いをしながら残業残業残業な毎日を送っている環境に、ゆとりを持って成長してきた人間が馴染めるわけがない。しかも、知識・スキルもなく、年齢も一番下。こんな状況下で、若い世代の価値観を受け入れてもらえるはずがないのだ。
もし、働き方改革が浸透しきってからゆとり教育が促進されていたら…意外と上手くいっていたのではないかと思う。働き方改革が十分に進めば、自然とゆとり教育的な育児方針になるのではないかとも思う。
ま、こんなこと言ったって、過去の政治をやり直すことはできないんだけど。。
では。